多花ちゃんペチュニア3種&あの日の事をメモ帳に

きょうは庭仕事ちょっとだけ、
手入れをすればイキイキしてくれる花ばな、
でも、手入れしてもこの暑さでこの陽射しで、
くたびれくる花も、多いですね。

鉢の量を少なくできれば、それが一番なのですが。
それができないおばさんです。

処分品で買った、レックスベコニアの色が良くなりました。
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鉢と土を替えて育てると、
よくなりますね、毎日見てて嬉しくなります。

水遣りを、までいにして見つけました、
とっくに忘れてました、斑入りの葉ランがきれいでした。
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紫陽花の後ろによく見ないと分からない所に、
ひっそりと生きていました。

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8月末にまた、ミニペチュニア多花ちゃんを買いました、
もちろん、買って直ぐに挿し芽をしておきました。

春に買った多花ちゃんは、
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このムラサキは挿し芽がうまくいかなかった。
これは親株です。

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この縞々の多花ちゃんは、挿し芽、子供です、
こっちは、うまくいきました。

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サマーウェディングとガウラのコラボ、デュランタTは花が終わりました。


明日で、震災から半年、
この頃また、体に感じる地震がありますね。

あの時以来色々な事がありましたが、

世界的に有名(苦笑)になった、
『フクシマの地』で暗くならず、楽しく、
毎日を豊かな心で過ごしています。

何か被災地の方たちに申し訳ないような、

福島市も勿論、被災地ですが、
それを忘れさせてくれることが、周りには多い、
これって素晴らしいことですよね、

良いことのほうをみて暮らす、後ろは振り返らない、
癒される毎日、だからちっとも痩せない、
メタボまっしぐらのおばさんなのです。



震災の日から何日かブログを書けない日が、
(3/13の夜には書いてましたね)

PCのメモ帳に、書いていました、
3/11~3/27まで、


3月11日金曜日、午後2時46分
これからの一生で、忘れられない日になりました。

朝に一回ブログを書いて、
いつもの花のステージの模様を、午前中に書いて、

そのまま、買い物に、野菜の苗と鉢を買い、
昼に幸楽苑で、海老塩ラーメンを食べ、

フラを教えてるおねえさまの入院してる病院へ、お見舞いにと。

新しくできた市庁舎を横目で見て、

その途中、携帯の地震情報がけたたましく、
又かぁーと、いつも地震来ないしと、4号国道を跨いで直ぐ、

大きい大きい地震に、車の運転中遭いました。

静かに車を二中の校庭の脇に寄せて、エンジンを止め、
去るのを待ちました、

ラジオをつけたまま、地震情報を、
津波に気をつけてのアナウンサーの声が、何回も何回も繰り返されていました。

車の、もの凄い揺れ、ハンドルを握り締め、
もう、終わりかなとふと思いました、
今までも、大きな地震にあいましたが、5~6回位、
そんなものと比べられないーーー、

長い時間、横ゆれかな、立てゆれかな考えるひまもない、
何分かな、長い、長い、5分位、
早く収まってと、ハンドルを握り締め祈ってました。

家に帰ろう、義姉が一人どうしてるか、心配で、心配で、

少し収まったので、また、運転して、

途中大谷石の塀が無残にも崩れ落ち、瓦の屋根はやはり崩れて、
でも、家が壊れてる処はないのです、

途中、大きな余震が絶え間なく有ります、心にゆっくりと言い聞かせながら、
日赤病院の脇を通り、みんな外に出ています、
患者さんの誘導、大変だったろうな、と思いつつ。

明日、福島フラフェスを行うはずだった、県文化センターの前を、
ここも、みなさん、外に出ています、
ここから信夫山経由して、なかなか進みません、

国道13号線の信号機が消えてます、ここを、横切るのが大変、
なんとか13号下り車線へ、信夫山トンネルも真っ暗、

やっと家の方へ、途中、何回、余震で恐ろしいまま車を止めたことか、
胃袋がひっくりかえりような、酸っぱい胃液がでる、初めての経験です。

そして、家の近くの道路が盛り上がってる所、ぐっと下がってる所、
もう警察の方が出てました、すばやい対応です、

はらはら、どきどきで、家に、義姉も無事でした、
壊れたものも思った程なく、もう片づけを始めてました、
生きた心地なかったでしょうにね、気丈夫で良かった。

私の部屋は、単行本が氾濫しています、そして、
下げてあるシャンデリアが、いつ落ちるか分からなくなってました、
当分、自分の部屋では眠れません、

家に着いても、まだ何回も余震が、
体がずっと揺れているような、恐ろしいです。

そして急に吹雪いて、辺りが真っ暗に、寒いーーー、
何もかも恐ろしさでいっぱいに。

その日、最初は水が出てました、何とかペットボトルに、やかんに、
そのうち水道も出なくなり、電気は切れていて、
プロパンガスのみ、寒い夜でした。

カイロを貼り、毛布を重ねて、
災害グッズの中にラジオと懐中電灯が、乾パンも、
一晩中、ラジオを聴いて、過ごしました。

やはり、ここ福島市は岩盤の国ですね、他の災害を聞くにつれてそう思いました。


震災に遭った日の日記です。

きょうは、一日家に閉じこもり、TV見たりブログ書いたり、
ゆったりした日、たまにはいいものです。


またね



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この記事へのコメント

はーと
2011年09月10日 22:26
こんばんは。
明日で 震災後半年が過ぎるんですね。
まだまだ原発の終息・収束には ほど遠いですね。
政府もまた大臣の失言があり 揚げ足取りが始まりました。
もっと福島を見つめて下さい~~と叫ばずにはおれません。
それにしても 地震の日。
そしてそれ以降の日々も ナニナニさんはとても落ち着いておられましたね。
私には想像も出来ないほどの 魂・ど根性の持ち主さんです。
また暑くなりました。
うちには お花がありません~涙
2011年09月11日 05:01
はーとさんへ
半年ですね、思えば考え深いです、あの災害に工夫をしながら楽しんで、料理作りや水汲みをしてましたね、自分ながら落ち着いてた方と思います。
家がほとんど被害なし、それが落ち着いて暮らした一番のことでないでしょうか。
あとは、私の脈はすごく遅いのです、だから何事にもゆったりできるのでしょうね。

花があるほうが今の時期めずらしいと、みんなに言われていますよ。
沈丁花
2011年09月11日 11:33
もう半年ですねえ。
揺れてもトイレに入った私的には、まさかこんなに大惨事になるとは思いませんでした。先日も仙台の友人とはなしていましたが、荒浜に数百人の遺体があると言われても,仙台市内ではどうする事も出来なかった。あと、彼女は医療関係者なのですが,自衛隊警察関係者のptsdの話もしていましたね。また,本人だけではなく,家庭にも波及しているそうです。惨状を眠れないから家族に話すと家族も一緒に重いものを負うのです。

本来なら職場でなんとかすべき事の類いだそうですが,今回の震災ではそんな所まで手はまわらず。

震災で亡くなられた方には本当にご冥福をお祈りするしかありません。
そして、これからも生きて行く者も根性きめていくしかないでしょうねえ。
2011年09月11日 20:45
沈丁花さんへ
色々な話を聞きます、津波で亡くなった方2万人近く、
書くことができない位の死体を、自衛隊、警察、関係の方々が捜索し発見したのですよね、今はあまり話題にもならないけど、こう言う事が重くのしかかっているのですよね、心の病が多すぎます。

健康被害など出るはずがない、低い放射線に振り回されないで生きていきます。
pochiko
2011年09月11日 21:33
今日で半年ですね。
ナニナニさん、外で運転されていて
屋内も怖かったですけど、屋外で車の運転というのも想像を絶します。
被害に遭われた方、まだご遺体の見つかっていない家族…
復興にはまだ長い年月がかかりそうです。
今日はダッシュ村で、山口さんがあの村へ足を踏み入れてましたね。
すっかり変わり果てた村…いつか戻って来る事ができるのでしょうか?
まだまだ問題は山積みですけど、それでも残った者は元気で生きて行かなくちゃ!ですよね。
がんばっぺ 福島!
2011年09月12日 00:41
私も、ダッシュ村を見ました、やはり放射線高いですね、生活できる値ではないですね。
あの地域の人たちは、帰ることを願っていますが、長い年月がかかることでしょうね。

生かされた者ですから、楽しんで生を全うしなくちゃです。
立ち上がる福島! です。

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